ちゃんとわかりたい人のための加計問題-Part 4 (特別篇)

閣議決定である「石破4条件」に反する決定は違法か?

―閉会中審査で山本大臣が嘘をついたのは明白ではないか?―

 

1.タイトル変更

 「ちゃんとわかりたい人のための」と大見えきって書き始めた時には、僕自身この  問題のややこしさをちゃんと理解していなかったし、ここまで問題が拡大していくとも考えていなかった。「前川問題」というタイトルにしたのは、前川前次官に対して、①「政権が怖いし讀賣新聞にあそこまで書かれちゃってるのに筋を通してエライなあ」という意見と、②「『前次官』とはいえ、やってることは現在進行中の設置審での学部認可に影響するし、文書の真実性云々となると現職の高等教育局長と専門教育課を中心とする一部部局の職員の責任問題を直撃してしまうので、一発で政権を倒せるだけの材料がない以上、何してくれちゃってるんだろ?やるんだったら現職の時に体張って抵抗してくれよ。」という意見の両方が僕の周りにあって、どっちもあるなあと思いつつ、個人的には前川さんの筋の通し方もそれなりの正解だと考えるということを書こうと思っていたからだ。

 しかし、特区のことをあらためてきちんと調べてみると、いろいろ面白いことがわかってきた。僕は、特区については小泉政権時代の構造改革特区も含めて直接の担当をやったことがないけれど、一般的には法律とか制度の作り方はだいたい知ってはいるし、今話題の担当の面々は昔から知っている。テレビに出てくるコメンテーターの不正確な理解に基づくコメントが気になるから、それを補足するくらいのつもりだった。でも、調べてみると、文科省のいわゆる怪文書は、現在公開されている議事録をきちんとつなぎ合わせれば内容が本当であることを証明できるし、その後の展開も含めれば、行政学の官僚制研究とか政治過程論の意思決定研究の実証素材としてかつてないほど価値のあるものだと確信してきている。

だから、この連載のタイトルも「前川問題」を「加計問題」に変更する。ちなみに、前川問題についても、後日きちんと論じる予定である。

 

2.「石破4条件」を無視した決定の違法性

読者の方から以下のようなコメントを頂いた。

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北村直人氏の発言を引用して「総理が決断さえすればどんな規制改革もできてしまう」という記述があるが、それは間違い。国家戦略特区法には基本方針を閣議で定め、総理はそれに従う義務が明記されている。「石破4条件」 はその閣議決定された基本方針(日本再興戦略)の一つなので、4条件を無視しての特区指定は違法。

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 この指摘はこの問題のややこしさを象徴している。今回の問題は、特区の認定プロセスの議事録の多くが公開されており、事実関係を整理してした上で、この議論を整理するつもりであったので、この段階ではスルーするつもりしでいた。

 しかし、終盤国会において都議選をにらんだ与野党の駆け引きの中で、議論が過度に政治化し本質的な議論が見えなくなっていると感じる。ご指摘を受けたのは良い機会であるので、コメント欄でスルッと応対するのでなく、きちんと本体部分で議論しておくことにする。以下、現時点での国家戦略特区制度に関する僕の理解であり、事実誤認・間違い・勘違いはあり得る。この話について僕より詳しい人は、内閣府担当者含めてたくさんいるわけであるから、ご指摘いただければ幸いである。それが原稿段階のものをブログで公開する意味でもあるわけなのだから。

 

 この批判に対する僕の対応は、3つのレベルに分かれる。

① 「ご指摘の通り、適切でない」

 石破4条件は、アベノミクス全体の方向性をまとめている「日本再興戦略」に盛り込まれて閣議決定されたものなので、獣医学部の新設の可否はその4条件に合致するかどうかを吟味する必要がある。しかし、公開された議事録の中に4条件に関する吟味の経緯が書かれていない以上、特区指定が適切だったとは言えない。

 テレビの情報番組や新聞記事で扱っている議論は基本的にここまでである。この文章を最後まで読んでいただければわかるように、僕も基本的にはその通りだと考えているので、スーパーで買い物している時に話しかけてくるおばさまとか飲み屋で同席するおじさまに「そうだろう」と言われれば、「その通りですね」と返事をする。番組のコメンテーターを務めている場合でも残り時間じゃきちんとした説明はできないから、そう言う。

 しかしこれでは、そもそもの疑問である「違法かどうか?」に対しては答えていないことになる。

 

② 「国家戦略特別区域法上は、違法なことは何一つしていない」

 さて、もう少しプロっぽい議論である。今回ご指摘の内容は「国家戦略特区法には基本方針を閣議で定め、総理はそれに従う義務が明記されているから、閣議決定された文書の中に書いている4条件を無視しての特区指定は違法である」というものである。ここでの問題は「違法性」が認定できるかどうかである。違法性の有無が重要なのは、この問題を突き詰めていくとどんな疑獄事件に発展するのか、政策の当否だけなら大騒ぎする必要などないという意見があるからである。

 結論から言うと、国家戦略特区法上の瑕疵はなく、違法とは言えない。

 そもそも国家戦略特区法(以下「法」という。)が「基本方針を閣議で定め、総理はそれに従う義務を明記」しているという理解は、不正確である。法が「閣議で定め、総理はそれに従う義務を明記」しているのは「国家戦略特別区域基本方針」についてだけであり、そこには全体の手続き規定のようなものが盛り込まれているだけである。それぞれの特区における特定事業に関する意思決定は、特区ごとに設定される「区域会議」で行われる。「区域会議」も、それぞれ「区域方針」を定め、事業者を選定し、それに対する支援策を検討するのであるが、「国家戦略特別区域基本方針」とは異なり、「区域会議」が作成した原案を、総理大臣が認定すればそのまま法的効力が発生する。区域会議のメンバーは、内閣府と当該関係自治体の協議で決まるため、各省庁は出席して意見を述べることすら彼らの了解なしにはできない。(こうした制度の詳細は後日説明する。)

 確かに「石破4条件」は閣議決定された「日本再興戦略」に盛り込まれたものであるが、「日本再興戦略」は国家戦略特区制度も含めたアベノミクスの成長戦略の全体を俯瞰している文書であり、「法」には直接的な位置づけを持たない。従って、「法」の定める手続きに従って意思決定がなされていれば、「石破4条件」を満たしているかどうかという検討は必要的検討事項ではないことになる。この法律には経緯があるので、構造がややこしいのだが、現時点で新聞・テレビでコメントしている人にはきちんと理解しておられない方が少なくない。

 この点に関し批判を浴びているのが、民進党玉木雄一郎議員である。5月24日フジテレビ「ゆあたいむ」出演の際に、ゲストコメンテーターだった俳優の別所哲也氏から、今後文科省文書が真実だと確認され獣医学部新設に係る意思決定の経緯が明らかにされたとして「どこに違法性というものを感じているのか?」と問われ、「2015年の閣議決定違反が行われているかどうかです。違法性ではありません。閣議決定違反があったかどうかということです。」と答えざるを得なかった。

 もちろん、「日本再興戦略」が閣議決定文書である以上、国家戦略特区制度内での意思決定はそれを尊重する必要がある。厳密にいえば、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。」と規定している内閣法第6条違反にあたる可能性がある。玉木議員自身も、6月14日BSフジ・プライムニュースに出演した時には、自民党下村博文議員や公明党斉藤鉄夫議員らとの議論の中で「内閣法第6条違反の疑い」と明言している。しかし、これではあまりにも弱い。現実の行政実務の世界では、厳密には閣議決定に合致しない意思決定などいくらでも見つけられる。更に、閣議決定の趣旨に反する決定のほとんども閣議決定されるため、当初の閣議決定文書を撤回することなく法的効果は上書きされると理解されている。もし今回の問題を内閣法第6条違反として裁判に訴えたとしても、政府は11月9日の国家戦略諮問会議決定を「閣議決定に準ずるもの」として閣議決定同等の効力を認定し、「日本再興戦略」の石破4条件を含む獣医学部新設に係る意思が区域会議での検討の結果、発展的に結実したものであって、法的瑕疵はないといった反論をするものと予想される。こういった政府の主張を裁判で否定する判決を得ることはほぼ不可能だ。何も間違ったことをしているわけではない。

 終盤国会から都議選に至る過程で、菅官房長官の記者会見での応答や安倍総理の発言が乱暴に見えるのは、こうした理解に基づいているからだ。

 

 ③ 「獣医学部新設認可に係る意思決定過程全体として見れば、十分に贈収賄の問題   を含めて違法性を構成する可能性を現時点では否定することができない。」

 しかし、ここで議論を止めてしまっては、自民党の応援団の議論にすぎない。今、国民の大多数が感じている「52年ぶりにたった1校だけがなぜ総理のお友達のところなのか?」という疑問に答えて、ある程度にせよ納得を得ることにはなっていないからだ。これでは真の自民党の応援団にすらなれない。

 小泉政権時代の構造改革特区制度が暗黙の前提としていた問題は、時代遅れの規制によって民間ビジネスが阻害されているというものであった。規制改革の世界では、「経済的規制」と「社会的規制」区別が議論されてきた。「経済的規制」は産業の健全な発展と消費者の利益を図ることを目的としているが、時代に合わなくなってきており原則廃止すべきであると考えられているのに対し、「社会的規制」は消費者や労働者の安全・健康の確保、環境の保全、災害の防止等を目的としており、必要最小限度という限定は付くとしても維持することが適当であるという区別である[i]。しかし、現実にはこの区別は曖昧である。特定事業者に超過利潤が生ずる状態をもたらす規制の維持という意味では事実上「経済的規制」とみなされるようなものであっても、一定の公的目的を兼ねており「社会的規制」でもあるというものは少なくない。そうした規制を改革してみて公的目的がどの程度害されるのか、あるいは社会の変化や技術の進歩により全く害されないのか、特定の区域に限って社会実験を行ってみようというのが特区制度の本来の趣旨である。

 しかし、今回の問題は単純な経済的規制の撤廃という問題ではない。本ブログにおいても、今後ワーキンググループのレベルでどのような検討が行われたかをきちんと検証していくが、これまでに書いたように、獣医学部の新設制限という措置が、養成される獣医師の質の維持という社会的規制なのか、それとも既存の獣医師養成系大学・学部に既得権をもたらしているだけの経済的規制なのかという議論は、少なくとも諮問会議と特区会議のレベルでは行われていない。文部科学省の当時の最高責任者であった前川氏は、文科省として石破4条件を加計学園の構想は満たしていないと主張していたにも関わらず、内閣府はろくな反論もしないままに押し切られ「行政が歪められた」と主張している。そうである以上、官邸及び内閣府側は出会い系バー通いなどという個人攻撃をするのではなく、4条件については文科省の主張を否定するに至った検討の経緯を堂々と示せばよい。それができずに個人攻撃を画策しているのでは、示せないからだと国民の不信感は増大するだけのことだ。

 安倍総理は6月24日の講演で、加計学園1校に限らず、今後どんどん新設を認める方向だと表明されておられるが、現時点では今年1月4日付の内閣府文科省共同告示により1校のみに限定されている。しかもこの1校は、全国から獣医師養成系大学構想を集めて比較検討した結果ではなく、今治市という特区に限定して認め、そこに設置する事業者を公募したわけであるから、今治市と二人三脚で長年にわたり構想を進めてきた加計学園をピックアップしたことに他ならない。しかも、加計学園の設立する獣医学部でどのような質の教育・研究が行われることになるかという審査は、今年の3月から設置審で行われているのである。

繰り返すが、国民の不信感の原因は加計学園に対するえこひいきがあったかどうかである。前川氏の指摘に対し、反論すべきなのは加計学園の学部新設を擁護する側だ。手続きに瑕疵がないと開き直っても不信感の払拭どころか、火に油を注ぐだけだ。

 

3.7月10日閉会中審査の議論で山本担当大臣の答弁は明らかに虚偽なのではないか?

 この後、国家戦略特区法の構造を詳細に分析し、その複雑な決定過程の中でどのような矛盾が生じているから記述していたが、読者からのコメントに対する決定的だと思われる答弁があったのでそれを先に指摘しておく。

 「石破4条件[ii]」は安倍内閣の方針であるから、それに基づき諮問会議の決定は引き写していれば、法律的に美しい形になる。山本幸三担当大臣は、繰り返し4条件を加計学園の構想が満たしていると考えているから手続きを進めていると述べている。そうであれば、諮問会議で日本再興戦略と同じ決定がなされるはずである。二つの文章を比較してみよう。

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「日本再興戦略改訂2015」 2015年6月30日

⑭ 獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討

 現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要があきらかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。

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諮問会議 2016年11月9日決定

〇 先端ライフサイエンス研究や地域における感染症対策など、新たなニーズに対応する獣医学部の設置

・ 人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究の推進や、地域での感染症に係る水際対策など、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するため、現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を、直ちに行う。

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 後者の成立過程での文書が流出しており、「広域的に」「存在しない地域に限り」という文言が追加されたことで、京都府京都産業大学が断念せざるを得なくなったとされ、注目を集めているものである。ここでは、経緯に関する文書の真偽は問わない。それは本問題の真の姿を明らかにすることにとっては極めて重要なのであるが、ここではこの問題が違法性を認定される可能性があるほど歪められた決定かどうかということを議論している。

 諮問会議決定を見ると、広域的という条件が追加されたこととともに、①「既存の大学・学部では対応困難な場合には」という条件と②「近年の獣医師の需要動向も考慮しつつ」という2つの条件に関する文言が削除されたことにも注意しなければならない。これにより、新学部の研究・教育内容が既存の獣医学部に優越する水準を確保することを証明する必要も、厳密な意味での獣医師の需給問題に対する検討する必要もなくなった。4条件を満たしているかどうか検討したのではなく、公式に4条件を緩和した上で検討を始めると決定したのである。

 今週月曜に開催された衆議院内閣委員会・文部科学委員会合同審査会におい山本幸三担当大臣は、民進党緒方林太郎議員から「この石破4条件は現時点で満たされていると思うか」と問われたのに対し、「当然そういう風に思っているから、11月9日の制度改正で獣医学部新設を認めることにしたわけでございます。」と述べた。

 4条件それぞれについて検討したのであれば、諮問会議決定は4条件をそのまま引き継げばよい。しかも、4条件を満たしていると判断して今治市に決めたというなら、4条件を満たしているかどうかの検討は11月9日以前に行われていなければならない。しかし、今治市がその特区の中で獣医学部新設を行う事業者を公募したのは、11月9日の決定に基づいて獣医学部新設を禁止していた文科省告示を改正する内閣府文科省共同告示が施行された2017年1月4日と同日付である。言うまでもなく、それ以前は50年以上獣医学部新設の申請を認めないという状態である。この公募に1月10日に加計学園が応募する。従って、内閣府今治市に学部を新設しようとする構想が具体的にどのようなものなのかは、公募が締め切られた今年の1月12日以前には知りようがないのである。

 山本大臣が緒方議員の質問に対して上記発言に引き続き、4分36秒にわたって4条件についてどのような判断をおこなったのかを延々と紙を読み上げる場面が何度も報道で流れていたが、全く失笑を禁じ得ない。2016年11月9日の諮問会議終了後、山本大臣は記者会見で以下のように述べているからである 。これについては前に引用したが再度掲載しておく。

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問:獣医学部の設置についてお伺いいたします。

  今治市など複数の特区が提案を出していると思うのですけれども、どこを一番有力視してやっていかれるのでしょうか。

答:本件は、これから制度を作るのですけれども、限定された、獣医学部が基本的に広域的に存在しないというようなところを念頭に置くことになりますが、まず制度を変えて、それから具体的に申請等が出てくることになりますので、現時点ではどこがどうだという話は今のところはできません。

問:地域の選定のスケジュール感というのはどのようにお考えですか。

答:近々に制度自体は作るようにしますので、その後、区域からの申請を受けて、それからの話になると思います。早ければ年内にも申請という話になってくるのではないかと思います。

問:基本的には、今ある特区の中で選定していくというイメージで構いませんでしょうか。

答:特区の制度ですから、特区の中から申請を受けて検討します。

問:新たに特区を指定することを念頭においては。

答:今は、そこまでは考えておりません。

問:文科省の告示を変える必要があると思いますが、それは新たな特例の告示を出すというイメージなのか、それとも今ある告示を改正していくというイメージなのか具体的に検討されてますでしょうか。

答:今ある告示を改正することになるのかなと思いますが、正確には文部科学省に聞いてください。

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 何のことはない、山本大臣は制度の内容を正確に理解し、これから検討すると言っているのである。この記者会見は11月9日の18時から5分間、官邸ロビーで行われたことになっているから、テレビ局は間違いなく動画を保持しているはずである。そもそも緒方議員が、なぜ山本大臣にご自身の記者会見との矛盾をその場で質問しなかったのか理解できないが、いまだにテレビ局が閉会中審査における大臣答弁とこの記者会見を比較して放映しないのかも理解できない。山本大臣は虚偽の答弁をしていることは明白ではないか。

 

 

[i] 八代尚宏「社会的規制改革の意義」 日本経済研究No.53 2006.1 本号は「社会的規制」に属すると考えられてきた改革に関する実証研究の特集号である。

https://www.jcer.or.jp/academic_journal/jer/detail202.html#8

なお、八代氏は長く規制改革会議のメンバーであったが、現在でもその後継組織である規制改革推進会議のメンバーであり、規制改革推進会議は国家戦略特区諮問会議と担当大臣レベルで統合されており事務局も含めて密接な関係を密接な関係を持っている。

[ii]石破氏自身は最近、これを「石破4条件」と呼ぶのは心外、安倍内閣の方針として閣議決定されたものであるから「安倍内閣4条件」と呼んでほしいとしている。ここでは今までの慣例でそのまま呼ばせていただく。

http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20170706/Economic_75184.html