わかりたい人のための加計問題 Part 5 特別篇その2

獣医学部新設に関する設置審の独立性

 

 以下のようなコメントもいただいた。これも大事なご指摘であると考えるので、本体部分で扱っておく。

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大学勤務の経験があるものとして加計学園問題や前川氏の発言に無関心ではいられず、ブログを拝読いたしました。特区の議事録を読み込むうちに、大きな気がかりが生じてきました。先生はこのPartで、文科省の設置審が特区の選定とは別の次元で行われる筈と断定しておられますが、本当にそうなるのでしょうか? 私もつい最近まで特区では、文科省の「門前払い」が解除されただけのように判断していたのですが、告示をよく読むと、平成30年4月の開学はすでに内定とも解釈できるのです。ですから設置審では、助言や留保付きの指導はあっても、「不許可」はできないのでは? 前川氏がこの時期に問題の顕在化を図ったのは、告示によって設置審が無力化されることへの危惧だったような気がします。 告示は以下です。

http://www.city.imabari.ehime.jp/kikaku/kokkasenryaku_tokku/2017011402.pdf

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 僕も、全く同感である。設置審の審査が、政治的に影響されることを懸念している。前川氏がこの時期に本問題を顕在化させたのは、まさにそういうことなんだろうと推察している。

 

 山本幸三担当大臣も諮問会議民間議員、Working Groupの有識者委員も口々に、加計学園獣医学部新設に消極的だった文科省を批判している。彼らが今主張している理屈は、以下のようなものである。

 獣医学部新設が「日本再興戦略改訂」に盛り込まれた以上、新設に向けて前向きに検討するのが規制改革の基本的考え方である。従って、問題があるとすれば「規制担当省庁においてきちっとその正当な理由を説明する必要[i]」があり、石破4条件の最後の部分に「本年度内に検討を行う」との記述があることから、それは2016年3月までに行わなければならない。しかし、その期限までに、規制を担当する文科省側は獣医学部の新設が困難あるいは不適切であるという理由を説明できなかった。従って、この時点で獣医学部の新設は決定している。2016年度になって、京都府獣医学部の新設構想を相談してきたこともあり、内閣府としては延長戦として検討してあげたのだが、文科省は「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的需要」を明らかにすることも、「近年の獣医師の動向」も明示できなかったので、11月9日に新設方針が決定した。

 しかし、この文科省に挙証責任があるという議論は全く成り立たない。このことについては郷原信郎氏が詳述する通りであるので[ii]、ここでは繰り返さない。あと知恵で構成した無理筋の理屈である。

 

 現在の懸念は、官邸や内閣府文科省にものすごい政治的圧力をかけており、官邸に幹部人事まで握られている以上、文科省としては従わざるをえないのではないかということであるが、その懸念は国家戦略特区法の仕組みによっても補強されるように見える。

 各特区ごとに具体的事業を推進する主体となるのは、各特区ごとに組織される国家戦略特別区域会議(「区域会議」)である。この区域会議のメンバーは基本的には国家戦略区域担当大臣と関係地方公共団体の長に限定され(第7条第1項)、これに当該特区で具体的に事業を行うことになる事業者が加わる(第7条第2項)。もちろん利害関係を有する省庁の大臣を構成員として加えることはできるが、それは「国家戦略特別区域担当大臣及び関係地方公共団体の長」が「必要と認める」場合に限られる(第7条第3項)。内閣府と地元自治体が合意しなければ、各省庁は区域会議に出席することすらできないのである。区域会議が決めた事項は内閣総理大臣の認定によって法的拘束力を持つものとなるが、関係省庁はその際に内閣総理大臣(具体的には内閣府)から協議されることになる。その際も「この場合において、当該関係行政機関の長は、当該特定事業が法律に規定された規制に係るものにあっては第12条の2から第25条までの規定で、政令又は主務省令により規定された規制に係るものにあっては国家戦略特別区域基本方針に即して第26条の規定による政令若しくは内閣府令・主務省令で又は第27条の規定による政令若しくは内閣府令・主務省令で定めるところにより条例で、それぞれ定めるところに適合すると認められるときは、同意するものとする。」(第8条第9項)と規定されている。要するに、規制法令を所管する省庁であっても、国家戦略特区の場合においては、内閣府と地元自治体と実際に当該事業をする事業者が決めた基準に合致すれば合意を拒否できないということである。

 本年1月4日付け内閣府文科省共同告示は、今回の決定に従って今治市の特区で獣医師養成系大学・学部を新設する構想であって、平成30年度に開設する1校に限られるものについては「当該大学の設置に係る同項の許可の申請の審査に関しては、大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る許可の基準第一条第四号の規定は適用しない」と記載している[iii]。大学の新設や学部の新増設に関しては、昭和51年に私学振興助成法により、私立大学に対する公費助成を行う代わりにその教育・研究の質を確保する観点から学部の新増設は基本的に認めないという方針がとられてきた。しかし、2000年代における総合規制改革会議における議論を受け[iv]中央教育審議会において、大学の質の確保を量的規制に係らしめるのではなく、設置審査の基準を告示以上の法令で定めることにより一覧性を高め、明確化を図り、こうしたあらかじめ明示された基準を満たしている場合については原則同意するといういわゆる「準則化」の方針が決定した[v]。これに基づいて平成15年に、審査の一般的基準に関する(設置審の)内規(「審査基準要綱」等6本)及び抑制方針に関する内規(「審査の取扱方針」等4本)など計11本を廃止して、最低限の基準として必要なものに限って大学設置基準や告示などが規定された。獣医学部は、医学部や歯学部と並び、こうした数量抑制方針の撤廃時においてもその例外とされたことから、文科省告示として明記された。今回は、この学部新増設の申請すらできないという規定を、1校のみに限り外すとしたのである。

 従って、国家戦略特区法第8条第9項が規定する同意義務は、設置審への学部新設の申請という点について発生するものであり、設置審の審査内容を拘束するものではない。審議会というものは、その事務局たる各省庁の意のままに動かされており、官僚機構の隠れ蓑、箔付けのための機関だと批判されることが多い。しかし、多くの大学関係者が実感しているように、設置審の審査は厳格に行われている。いじめではないかと思わされるほどたくさんの資料を何度も提出することを求められる。これがいやがらせではなく、厳格かつ独立して審査が行われるものと信じたい。

 ちなみに、僕はどちらかというと文部科学省は好きではなかった。通産省時代には仕事上直接のお付き合いはないが、先輩たちが生涯学習振興法といった法案折衝で「創造性のかけらもない規制墨守官庁」と揶揄していたのを側聞していたし、大学に職を得てからは副学長クラスでも平気で廊下で待たせる体質に怒りに打ち震える大学幹部の姿も見てきたからだ。しかし、北大を離れていろいろな私大の非常勤講師を務め、設置認可の準則化後設立された学生定員割れに悩む大学の現実を見るにつけ、「ダメなものはダメとハッキリ言え!」と応援しなければならないと強く思う。設置審で現在審査に当たっている委員におかれては、獣医学者としてのプライドをかけて使命を果たされることを期待している。

 

 [i] 衆議院内閣委員会・文部科学委員会合同審査会(2017年7月10日)における民進党緒方林太郎議員に対する山本幸三担当大臣の答弁

[ii] 郷原信郎ブログ『郷原が斬る』「加計問題での”防衛線”「挙証責任」「議論終了」論の崩壊」2017年7月9日付

https://nobuogohara.com/

[iii] 「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る許可の基準」平成15年3月31日文部科学省告示第45

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h28/shouchou/160916_shiryou_s_2_3.pdf 

 

[iv] 総合規制改革会議「規制改革の推進に関する第2次答申」平成13年12月11日

[v] 中央教育審議会「大学の質の保障に係る新たなシステムの構築について」平成14年8月5日答申