ちゃんとわかりたい人のための前川問題 -加計問題にみる政官関係― part 3

3.獣医学部の新設の認定過程

(1)「国家戦略特区」という道具の役割:文科省設置審の権限は依然として存在

 問題は、加計学園の系列大学による獣医学部の新設が適切であるかどうかである。合理的理由がないのに総理のお友達だけに例外を認めるのであれば政治的に不適切な行為であるし、お友達から献金等の支援が行われている場合には刑事的問題を構成する可能性が出てくる。今回、総理がトップダウンで新設学部の設置を許可したような報道があるが、全体を大づかみにした印象論であって、制度的枠組みついて正確に理解しておくことが、今回の問題の当・不当、合法・違法を検討する前提となる。大学の学部新設の可否は、あくまで文科省の権限であり、具体的には文科大臣の諮問機関である大学設置・学校法人審議会(「設置審」)が、審査する。獣医学部の場合、設置審の中でも大学設置分科会・獣医学専門委員会が審査を担当することになる。

 設置審の議論の前提として認定基準がある。その多くが文科省告示として定められているが、ここで問題となるのは「大学、大学院、短期大学、高等専門学校等の設置の際の入学定員の取扱い等に係る基準」(平成15年3月31日文部科学省告示第45号)第1条の四に「歯科医師、獣医師及び船舶職員の養成に係る大学等の設置若しくは収容定員増又は医師の養成に係る大学等の設置でないこと」と規定されていることである。これが歯学部や獣医学部の新設を阻んでいる法的根拠となっているのだ。今回、国家戦略特区という道具でやろうとしているのは、この告示の規定を地域限定で解除することなのである。

 もちろん、国家戦略特区として今治市限定でこの規定を解除しても、実際に新設しようとする学部が適切なものかどうかは、設置審が審査する。加計学園は3月に申請し、8月許可を目指しているとされる。文科省は基本的には官邸批判などせずに、岡山理科大学獣医学部新設提案がクオリティを満たしていないと判断すれば淡々と不許可にすればよいだけのことである[i]

 

(2)「石破4条件」

 次に問題は、設置審の審議基準告示の規制を緩和し、「全国でただ一つ愛媛県今治市での獣医学部新設」を認めるという措置が適切であったかということになる。

 国家戦略特区として獣医学部新設を盛り込んだ決定文書である「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定[ii]には、以下の記載がある。

 

⑭ 獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討

  • 現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要があきらかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。(121ページ)

 

 役人としては、この文章は以下の4つの部分に分割されていると読む。

 ① 「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し」

 ② 「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要があきらかになり」

 ③ 「既存の大学・学部では対応が困難な場合」

 ④ 「近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討」

 即ち、4つの条件が付されていると読むのだ。本文書の閣議決定時点において担当大臣が石破茂氏であったことから、石破4条件」と呼ばれている。ここには後に問題となる四国限定という条件が付されていない。

  ちなみに、最後の「本年度内に検討を行う」とあり、これを第5の検討期限に関する条件と解釈することもできる。しかし、これだけでは「本年度内に新設を決定する」と読むのか「本年度内に新設問題が決着しなければ来年度以降は検討しない(要するに「逃げ切り」が許される)」と読むのかはっきりしない。この部分は京都府京都産業大学獣医学部新設要求を断念させる要因の一つとなるが、この時点では獣医学部新設要望を持っていたのは加計学園のみであったから、それ以外の新設要望を否定するための日程(具体的には「平成30年4月開学ありきのスケジュールに間に合わないものは認定しない」とすること)として設定されていたとまでは結論できない[iii]

 この4条件の具体的解釈について、石破氏自身がブログで以下のように解説している。

・・・・・

つまり政府としては、

 ① 感染症対策や生物化学兵器に対する対応などの「新たなニーズ」が明らかである    こと。(上記②に対応)

 ② それが現在存在する国公立・私立の獣医学部や獣医学科では対応が困難であること。(上記③に対応)

 ③ 特区として開設を希望し、提案する主体が「このようにして従来の獣医学科とは異なる教育を行う」というカリキュラム内容や、それを行うに相応しい教授陣などの陣容を具体的に示すこと。(上記①に対応)

 ④ 現在不足が深刻化している牛や馬、豚などの「産業用動物」の治療に従事する獣医の供給の改善に資すること。(上記④に対応)

  以上4点について判断すればよいわけです[iv]

・・・・・

 さすがに当事者であった石破氏は詳しく、続けて、

・・・・・

 ①は主に厚生労働省が、②と③は文部科学省が、④は農林水産省がそれぞれの専門的知見から当事者の主張を聞いて意見を述べ、これらをもとに国家戦略特区認定に権限を有する内閣府が、その責任において判断したことなのでしょう。これらについて適正に行われたという説明を、具体的な根拠の提示と共に果たせばよいだけのことです。[v]

・・・・・

と解説している。

 

(3)「石破4条件」の付与された意味

 安倍政権の看板政策であるアベノミクスの「第三の矢」そのものである『日本再興戦略』の2015年改訂版に盛り込まれたのであるから、「獣医師養成系大学・学部の新設」に向けて積極的な取り組みが行われることが決定したと普通の人は思うだろう。実際、今治市内閣府に初めて正式に提案を説明したのが6月5日[vi]、2015年改訂版が閣議決定されたのが6月30日であるから、内閣府に対する正式説明の前に事務方で事前協議を行っており2015年改訂に本件を滑り込みで挿入するために6月初旬に説明の日程を組んだものと思われる[vii]。この後、今治市の提案は[viii]広島県とセットされ「広島県今治市」として国家戦略特別区として指定されることが、同年12月15日の国家戦略特別区域諮問会議で決定され、翌2016年1月29日付政令により正式に指定される。

 この諮問会議後、石破大臣(当時)は記者会見で「国家再興計画では4つの項目が付されていたが、今回、今治市の獣医師系の国際教育拠点整備構想が区域指定されたことで、緩和されたのか」と問われたのに対し、以下のように明確に否定している。

 ・・・・・

 これはそういうものではございません。獣医学部の新設は、今治市がご提案なさいました内容の一つではございますが、今回の指定によって新設が決定されたものではございません。ご指摘のように、本年の6月30日に日本再興―再び興すと書くほうですが―再興戦略を閣議決定をしておるわけでございます。「日本再興戦略改訂2015」というものでございますが、獣医学部の新設につきましては、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行うというふうに書かれておるところでございます。その検討とは何かと言えば、現在の提案主体による、この場合には今治市でございましょうか。現在の提案主体による既存の獣医師養成ではない構想が具体化するということが一つ。どういうように獣医師さんを養成していきますか、既存のものとは違いますよという構想が具体化するということが一つ。

 2番目はライフサイエンスなどの獣医師の皆様方が新たに対応すべき分野における具体的な需要というものが明らかになること。かつ、既存の大学・学部では、対応が困難な場合、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行うということになっておるわけでございます。これは閣議決定でございますので、当然今回の指定ということの前に、閣議決定というものがあるものでございます。

 ですから、従来の獣医師さんの養成ではない構想というものは、具体的にどういうことなんだと。そして、そういうものに対して、具体的に需要がありますよということ。そして今、獣医学部、あるいは獣医学科というものが全国にあるわけでございますが、それでは対応が困難でありますということ。また、獣医師さんの需要というのが、これが医師の場合には、やれ足りないとか、いやそうではない、偏在しておるのだとか、いろいろな議論があるわけでございますが、獣医師の皆様方の場合には、一体どれぐらいの需要があり、どれだけの供給がなされているのかということが、きちんと解析されたかと言えば、そうではないわけであります。獣医師のライセンスをお持ちであっても、牛でありますとか、馬でありますとか、そういう産業用動物の対応に従事をされる方々と、いわゆるペットの需要に対応される方々と、二通りあるわけでございますが、そういうようなあえて言えば、需要の動向というもの、余り需給という言葉がふさわしいとは思いませんので、需要の動向っていうのは、いま一つ不分明なところがございます。そういう解析もきちんと行うということでありまして、今検討を行っておるところでございます。

 それは全国的見地からなされるものでありまして、その日本再興戦略改訂の2015というものが大前提であることは、全く変わっておりません[ix]

 ・・・・・

 石破氏の言葉を長く引用したのは、この条件は極めて高いハードルと理解されているというニュアンスがにじみ出ると考えるからだ。獣医師資格が国家資格として規定されているため、その教育内容はそれなりに定まってくる。従って「既存の大学・学部では対応が困難な事由」を想定することは極めて難しい。人獣共通感染症のような新たに獣医師が対応しなくてはならない事由が出てきても、既存の獣医大学・学部は彼らの研究内容はもちろん、当然その教育内容も変更し、必要によっては資格試験の内容も含めて教育課程を見直すことは行われる。近年の獣医学の世界では人獣共通感染症こそが最大のテーマであって、北海道大学でも喜田宏教授のような有名人を看板に立てて大型研究費取得に邁進している。既存の獣医学部では、こうした新たな喫緊の課題に対応するため、医学部や農学部はもちろん、遺伝子解析の情報解析技術のような分野で工学部との連携を深めており、むしろ既存の獣医系学部の統合・再編を図り、研究組織の統合を図るべきではないかという意見もある[x]。そうした中で、学部を新設し、新たに教員を公募し、既存の機関の手に負えない分野を担うと説明することは極めて高いハードルとなろう。

 実際、この4条件は獣医師養成系大学・学部の新設を阻止にする意図で書き込まれたと推察できる証拠が、日本獣医師会関連の会合議事録にある。日本再興戦略の閣議決定の10日後、2015年7月10日に行われた「全国獣医師会事務・事業推進会議」の議事録に、北村直人・日本獣医師政治連盟委員長からの活動報告として以下のような発言が行われたという記載がある。興味深いので長文になるが引用しておこう。

 ・・・・・

 それからもう一点、日本獣医師政治連盟として、今まで新しい獣医師養成大学・学部の設置については反対をしてまいりましたが、本件について最終的に先日閣議決定がなされました。骨太方針あるいは成長戦略という言葉をニュース等々で皆様も目にされたと思います。その中に、本当に小さく獣医師養成大学・学部の新設に関する検討という項目が出てまいります。その部分を読ませていただきますと「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要があきらかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う」という文言が出てまいります。3つの条件が付いています。つまり、新しい大学を作りたいところが既存の獣医師養成機関でないという構想が具体化すること、次に、獣医師が新たに対応すべき分野の需要の養成があるということが2つ目、かつ、16獣医学系大学で対応できない場合ということが3つ目の条件となりますが、その獣医師養成の大学・学部の新設の可能性はこの3つの条件によりほとんどゼロです。16獣医師系大学で対応できない獣医師はいない訳ですから、現在の獣医師学系大学でこれらができるということは当然です。石破担当大臣と相談した結果、最終的に「既存の大学・学部で対応が困難な場合」という文言を入れていただきました。ただし、今後もこの問題は尾を引いてくると思います。つまり、日本の最高権力者である内閣総理大臣が作れと言えばできてしまう仕組みになっておりますので、こういう文言を無視して作ることは可能です。内閣がもしこれを行うのであれば私たちは現在の内閣に対して敵に回らざるを得ないのですが、獣医師会としては抵抗勢力にはなりたくない。抵抗勢力としてマスメディア等々で取り上げられ、獣医師会は抵抗勢力である、訳の分からないことを言っている団体だということになりますと、世論の風当たりは強いものとなります。日本獣医師政治連盟といたしましては、先ほど申し上げました3つの条件は、既存の16獣医学系大学が今回の答申に対するコメントをするべきであるということがわれわれの見解です。そして、16大学から日本獣医師会、日本獣医師政治連盟による具体的な検討・対応を行うことが本筋であると考えております。

 最終的には、今回の獣医師養成大学・学部の新設については、どこを読んでもこれを覆すような状況は一つも見当たらない。つまり、新しい獣医学系大学・学部の設置はできないということが今回の骨太方針、成長戦略の文言に書いてあると考えております。これをクリアする新たな獣医師の資格を作るのであれば別だと思われますが、現状では設置できないということが日本獣医師政治連盟としての見解です。繰り返しになりますが、日本の最高責任者がもし失言するようなことがあれば、できないことはないということはわれわれも腹にすえておかなければならないということだけ、ご報告させていただきます[xi]

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 要するに石破大臣に要請して「既存の大学・学部では対応が困難な場合」という文言を書き込んだことにより、新設可能性はほとんどゼロになったと報告しているのである。ちなみに北村直人氏は、元衆議院議員であり、宏池会に所属していたため石破氏とは派閥は異なるが、初当選が同期というで個人的に親しい関係とされる。国家戦略特区という制度では、決定は一元的に内閣総理大臣の認定によるものとされており、諮問会議等の意見を聴取する手続きは要するものの、総理が決断しさえすればどのような規制改革もできてしまう。経験豊富な北村氏は、このことを熟知しており懸念を示しておくことを忘れていない。この認識は、都道府県獣医師会会長を集めて同年9月に開催された全国獣医師会の理事会においても、北村直人氏から繰り返されている。

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 なお、昨日(筆者注:2015年9月9日)、藏内会長とともに石破茂地方創生大臣と2時間にわたり意見交換をする機会を得た。その際、大臣から今回の成長戦略における大学、学部の新設の条件については、大変苦慮したが、練りに練って誰がどのような形でも現実的には参入は困難という文言にした旨お聞きした。このように石破大臣へも官邸からの相当な圧力があったものと考える。しかし、特区での新設が認められる可能性もあり、構成獣医師にも理解を深めていただくよう、私が各地区の獣医師大会等に伺い、その旨説明をさせていただいている。

 秋には内閣改造も行われると聞いており、新たな動きが想定されるが、政治連盟では、藏内会長と連携をとりながら対応してくいので、各位のさらにご指導をお願いしたい[xii]

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(4)「4条件」の下での獣医学部新設要望の取扱い

 「特区」制度は、2002年の小泉政権時の「構造改革特別区域法」においては、地方自治体が地域活動の阻害要因となる規制の特例措置を提案し関係省庁と協議するが、国は財政負担を伴う措置等の支援を行わないこととなっていた。地方自治体の創意工夫による地域間競争を促し、国が行うべき構造改革のアイデアを吸い上げようという趣旨が貫かれたからである。しかし、地域主権改革を掲げた菅内閣の下で2011年に成立した「総合特別区域法」においては、「国際戦略総合特区」と「地域活性化総合特区」が規定され、地域経済の活性化を重視する観点から、規制に関する特例措置に加えて、税制措置、財政措置、金融措置等の支援策を投入することとした。そのため、特区ごとに支援策を検討する「国と地方の協議会」が設置されている。

 安倍内閣における国家戦略特別区域法(2013年)においても、こうした仕組みは継承され、規制改革のメニューそのものは国家戦略特区諮問会議の議長たる内閣総理大臣の裁定により決定されるが、国家戦略特区に指定された区域では国家戦略特区担当大臣、関係自治体の長及び総理が選定した民間事業者によって「国家戦略特区会議」が設けられ、協議の上三者の合意により国家戦略特区計画を作成することになる。

 加計学園獣医学部新設要望も、今治市の他の特区申請[xiii]と、更に広島県の申請とまとめられ「広島県及び愛媛県今治市の区域」として2016年1月29日付で政令指定された[xiv]。これを受けて「広島県今治市 国家戦略特別区域会議」が立ち上がる。石破氏も言及するように県と市で一つの特区というのは「極めて珍しいパターン」[xv]である。しかし、3月30日に開催された第1回会議において獣医学部新設は正式な議題にならず、この時点では区域計画の中にも盛り込まれなかった[xvi][xvii]。この会議では、区域会議の下に「今治市分科会」を設置することが決定され、その議題の一つとして提示されただけであった。なお、この会議に民間事業者側として出席したのは、元文部省官房長で元愛媛県知事であった加戸守行氏であり、この時の肩書は「今治商工会議所 特別顧問」である[xviii]。事実上の加計学園の代理人である。

 今治市の公式の説明によれば、今治市内閣府に対し、国家戦略特区への提案を最初に正式に説明したのは前述したように2015年6月5日であるが、この際には愛媛県庁の職員がパワーポイントスライド2枚、質疑を含めて19分という説明しかしていない[xix]内閣府との公式の議事録に残る国家戦略特区関係の正式な会議としては、そこから2016年9月16日の分科会まで1年3か月時期があくのである。この間の経緯については、現時点で明らかになっていないが、後述する新潟市新潟総合学園の開志大学獣医学部新設要求と同様の極めてネガティブな調整が今治市内閣府及び文科省との間で行われていたものと推察される。

 これが2016年8月3日、第2次安倍再改造内閣の発足時に石破茂氏が担当大臣を外れると一転して動き出す。まず、9月9日の第23回国家戦略特別区域諮問会議において、今後の進め方関する有識者議員からの提言に、「残された岩盤規制改革の断行(「重要6分野」の推進)について」の中で、6分野の一つである「⑥ 地方創生に寄与する「一次産業」や「観光」分野での改革の推進の例として「獣医学部の新設」が例示される[xx]。同月21日に「今治市分科会」が開催され、獣医師養成系大学・学部の新設が提案される。この時の資料はたった2枚である上、冒頭課題として挙げられた人獣共通感染症の例として挙げられたMERSをMARSと誤記するなどずさんなものであった。会議全体の時間は58分、文科省専門教育課長から「石破4条件の確認が重要」、農水省畜水産安全管理課調査官から「引き続き獣医師の需給等の情報提供を文科省に行う」とのコメントがあったのみで、実質的な質疑は行われなかった[xxi]。この分科会の概要が、同月30日の「広島県今治市(第2回)国家戦略特別区域会議」(東京圏、福岡市・北九州市と合同で開催)[xxii]において報告された。

 これを受けて10月4日に第24回国家戦略特別区域諮問会議が開催される。この会議で改訂が認定された区域計画には、引き続き獣医学部新設は盛り込まれていない[xxiii]。当日配布された議事次第、説明資料、配布資料及び参考資料の中に「獣医学部新設」には一言も言及がない。

 しかし、議事の中で司会を務める山本幸三地方創生担当相から、質疑項目の説明に引き続き、「このほか、先月21日に、今治市の特区の分科会を開催し、『獣医師養成系大学・学部の新設』などについても議論いたしました。」と言及される。その後、有識者議員を務める八田達夫大阪大学社会経済研究所招聘教授から今後の進め方に関する有識者議員連名の提言について説明(その中にも「獣医学部新設」には言及がない。)があり、それに付け加える形で以下のような発言が行われる。

 ・・・・・

 最後に、先ほど今治市の分科会での話が出ましたので、ちょっとそれについて、この民間人ペーパーからは離れますが、私の意見を申し述べさせていただきたいと思います。今治市は、獣医系の学部の新設を要望しています。「動物のみを対象とするのではなくてヒトをゴールにした創薬」の先端研究が日本では非常に弱い、という状況下でこの新設学部は、この研究を日本でも本格的に行うということを目指しています。さらに、獣医系人材の四国における育成も必要です。

 したがって、獣医系学部の新設のために必要な関係告示の改正を直ちに行うべきではないかと考えております[xxiv]

・・・・・ 

 この発言を受けて、同じく有識者議員を務める竹中平蔵東洋大学教授が続ける。

・・・・・ 

 アーリーサクセスという言葉があります。早い時期にちゃんとした成功事例をつくる。今回、内閣を改造されて2か月、私はこの内閣は既に多くのアーリーサクセスを作っていると思います。とりわけ、山本大臣のもとで、特区について、このアーリーサクセスは私は海外からも評価されていると思います。例えば、家事支援の外国人労働。今日出ました区域会議の共同事務局、今日は鈴木先生(筆者注:鈴木亘・学習院大学経済学部教授、東京都顧問)がお見えです。それと、民泊の上限を7日から大幅に縮小したこと。重要な点は、このアーリーサクセスを継続していかに加速するかということが私たちの重要な役割なのだと思うのです。

 その点で、今日提案がありました海外からの農業人材の確保でありますとか、小規模保育の全年齢化は、極めて重要であると思います。それに加えて、獣医学部、これはいろいろな御意見があることは承知しておりますけれども、私はやはりこれをこのアーリーサクセスの中にどうしても入れていくことが必要なのではないかと思います。

 御承知のように、来年、38年ぶりに新しい学部(筆者注:東北薬科大学の医学部新設。2015年8月に大学設置審議会で認可。東日本大震災からの復興支援策として新設が認めれらたものであり、特区を利用してではない。)ができます。38年ぶりです。でも、獣医学部はそれ以上にわたってつくられていません。言うまでもありませんが、鳥インフルエンザとか、SARSとか、今、人間の病気といわゆる動物の病気というものは区別がつかなくなっているわけで、その最先端を行くためにも、これはどうしても必要なのではないかと思います。(後略)[xxv]

 ・・・・・

 諮問会議は安倍総理が議長を務めるもので、この回の開催時間は全体で33分と短い。獣医学部新設に関しては有識者議員の言いっぱなしであった。

 しかし、翌11月9日の第25回諮問会議においては、山本幸三地方創生担当相から「前回の会議で、重要課題につきましては、法改正を要しないものは直ちに実現に向けた措置を行うよう総理から御指示をいただきましたので、今般、関係省庁との合意が得られたものを、早速、本諮問会議の案としてとりまとめたものであります。[xxvi]」として、「国家戦略特区における追加の規制改革事項について(案)」として、項目追加が提案される。具体的には、以下の項目である。

 

 〇 先端ライフサイエンス研究や地域における感染症対策など、新たなニーズに対応   する獣医学部の設置

  • 人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な動物実験を用いた先端ライフサイエンス研究の推進や、地域での感染症に係る水際対策など、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するため、現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を、直ちに行う。

 

 臨時議員として参加していた松野博一文部科学大臣からは「文部科学省におきましては、設置認可申請にかかわる基準に基づき、適切に審査を行ってまいる考えであります。」、山本有ニ農林水産大臣からは「産業動物獣医師は、家畜の診療や飼養衛生管理などで中心的役割を果たすとともに、口蹄疫鳥インフルエンザといった家畜伝染病に対する防疫対策を担っており、その確保や大変重要でございます。近年、家畜やペットの数は減少しておりますけれども、産業動物獣医師の確保が困難な地域がございます。農林水産省といたしましては、こうした地域的課題の解決につながる仕組みとなることを大いに期待しておるところでございます。」とだけ発言があった[xxvii]

 これに対して、麻生太郎財務大臣から以下の通り懸念が示された。

 ・・・・・

 松野大臣に1つだけお願いがある。法科大学院を鳴り物入りでつくったが、結果的に法科大学院を出ても弁護士になれない場合もあるのが実態ではないか。だから、いろいろと評価は分かれるところ。似たような話が、柔道整復師でもあった。あれはたしか厚生労働省の所管だが、規制緩和の結果として、技術が十分に身につかないケースが出てきた例。他にも同じような例があるのではないか。規制緩和はとてもよいことであり、大いにやるべきことだと思う。しかし、上手くいかなかった時の結果責任を誰がとるのかという問題がある。

 この種の学校についても、方向としては間違っていないと思うが、結果、うまくいかなかったときにどうするかをきちんと決めておかないと、そこに携わった学生や、それに関わった関係者はいい迷惑をしてしまう。そういったところまで考えておかねばならぬというところだけはよろしくお願いします。

・・・・・ 

 これに対し、八田達夫議員から以下のような発言があった。

・・・・・ 

 今度は、獣医学部です。

 獣医学部の新設は、創薬プロセス等の先端ライフサイエンス研究では、実験動物として今まで大体ネズミが使われてきたのですけれども、本当は猿とか豚とかのほうが実際は有効なのです。これを扱うのはやはり獣医学部でなければできない。そういう必要性が非常に高まっています。そういう研究のために獣医学部が必要だと。

 もう一つ、先ほど農水大臣がお話しになりましたように、口蹄疫とか、そういったものの水際作戦が必要なのですが、獣医学部が全くない地方もある。これは必要なのですが、その一方、過去50年間、獣医学部は新設されなかった。その理由は、先ほど文科大臣のお話にもありましたように、大学設置指針というものがあるのですが、獣医学部は大学設置指針の審査対象から外すと今まで告示でなっていた。それを先ほど文科大臣がおっしゃったように、この件については、今度はちゃんと告示で対象にしようということになったので、改正ができるようになった。

 麻生大臣のおっしゃったことも一番重要なことだと思うのですが、質の悪いものが出てきたらどうするか。これは、実は新規参入ではなくて、おそらく従来あるものにまずい獣医学部があるのだと思います。そこがきちんと退出していけるようなメカニズムが必要で、新しいところが入ってきて、そこが競争して、古い、あまり競争力がないところが出ていく。そういうシステムを、この特区とはまた別にシステムとして考えていくべきではないかと思っております。

・・・・・ 

 根本思想が共有されていないことが明確である。麻生副総理・財務大臣規制緩和で学部・大学を作って、失敗した時は学校法人が倒産して終わりということで良いのか?養成された獣医師の質の確保の維持・向上の方法と、学校法人の経営がいきずづまった時、通常の商法・会社法といった通常の商取引と同様に処理してよいのかを問うている。法科大学院の例があるからである。これに対し、八田教授は市場原理に従った適者生存で良いし、現在獣医師を巡る問題が出てきているのは、既存の16の獣医系大学・学部の中にレベルの低すぎて退場すべきものがあるからだと言いきっているのだ。

 しかし、続く議論はなく異議なしとして承認されてしまう。麻生副総理・財務大臣といえども諮問会議においては「議案を限って、議員として、臨時に会議に参加させることができる」(法33条2項)臨時議員でしかないからである。これにより「現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設」が認められる、即ち、広域的地域として既存の獣医師系養成大学等のない四国に限り獣医学部の新設を認める方針が決定されたのである。

 諮問会議後、山本地方創生担当相は記者団の質問に対し、以下のように答えている。

・・・・・ 

問: 獣医学部の設置についてお伺いいたします。

  今治市など複数の特区が提案を出していると思うのですけれども、どこを一番有力視してやっていかれるのでしょうか。

答: 本件は、これから制度を作るのですけれども、限定された、獣医学部が基本的に広域的存在しないようなところを念頭に置くことになりますが、まず制度を変えて、それから具体的に申請等が出てくることになりますので、現時点ではどこだという話は今のところできません。

問: 地域選定のスケジュール感というのはどのようにお考えですか。

答: 近々に制度自体は作るようにしますので、その後、区域からの申請を受けて、それからの話となると思います。早ければ、年内も申請という話になってくるのではと思います。

問: 基本的には、今ある特区の中で選定していくというイメージで構いませんでしょうか。

答: 特区の制度ですから、特区の中から申請を受けて検討します。

問: 新たに特区を指定することを念頭においては。

答: 今は、そこまでは考えておりません。

問: 文科省の告示を変える必要があると思いますが、それは新たな告示を出すというイメージなのか、それとも今ある告示を改正していくというイメージなのか具体的に検討されてますでしょうか。

答: 今ある告示を改正することになるのかなと思いますが、正確には文部科学省に聞いてください。

・・・・・ 

 8月3日に山本幸三氏が担当大臣に着任して3か月、石破4条件の確認が重要との認識が再確認された今治市分科会から6週間、4条件には一言も議論されないまま、方針が決定されたのである。

 この方針の決定を受けて、獣医学部新設を禁止していた文科省告示を解除する告示案がまとめられ「上記趣旨を満たす平成30年度に開設する獣医学部の設置」と期限を付した上で、11月18日から12月17日の期間でパブリックコメントの募集手続きが行わる。結果は2017年1月4日に公示されるが、同日付で告示案は内閣府文部科学省共同告示といて正式に定められる。

 更に、同日付で、実際に今治市獣医学部を新設しようとする事業者の公募(形式的には「広島県今治市国家戦略特別区域会議構成員(特定事業を実施すると見込まれる者)の公募」)が11日までの起源で行わる。10日に応募した加計学園以外には応募があるはずもなかった。

 翌12日、この結果を審議する第2回今治市分科会が開催され、初めて加計学園が区域会議構成員として承認され、学園側から獣医学部の新設構想について公募資料に基づき説明が行われた。しかし、この会議も今治市の特区で同時に認定さえた道の駅設置者民間拡大事業についての説明とあわせて46分と短く、獣医学部の4条件に合致するかを認定するための議論はない。最大の焦点である「既存の大学・学部では対応が困難な場合」を満たすためにどのような教育内容が行われるかについても「実際のカリキュラムが明らかになってシラバスの内容が出てきたときに、かなり詰めていかないとならないとはおもっております。[xxviii]」という段階である。大学から大学院レベルの講座の場合、学問分野や実務経験が講座の内容に合致する教員でなければ講義などできない。新設の学部・大学院の場合、カリキュラムの詳細は担当予定教員自身が、カリキュラム全体の趣旨を理解した上で、それぞれの講座(通常4単位、90分授業で15回程度)のそれぞれの講義で具体的なアウトラインと参考文献等を例示したシラバス(講義案)を作成しなければならない。そのためには、申請時点で当該講座の担当予定教員が内定していなければならない。設置審では、それぞれの講座ごとに担当予定教員の学歴、職歴、研究業績が審査され、当該講座を教える教員としてふさわしいかどうかが審査されることになる。加計学園はこの2か月後に設置審に申請しているわけだから、どのように間に合わせたというのであろうか。

 こうして、北村直人氏が懸念した通り、4条件は歯止めとしての機能を果たすことなく、獣医学部新設が決定した。石破氏自身も自分の離任後わずか3か月で新設が内定したことに関し、不信感を示している。

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 不思議ですよね。なぜ大臣が代わることでこんなに進むのか。新たな条件がでるのか。世間で言われるように、総理の大親友であれば認められ、そうじゃなければ認められないというのであれば、行政の公平性という観点からおかしい。[xxix]

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[i] もちろん加計学園も、不認可になったとしても条件を満たすよう再申請することは可能である。

[ii] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/dai2_3jp.pdf

 

[iii] 後述するように、京都産業大学が新設要求を断念せざるを得なくなったのは2016年11月9日の国家戦略特別区域諮問会議において「現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り」との限定を付されたからである。

[iv] 石破茂オフィシャルブログ 2017年6月2日付http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/

 

[v] 出典同上 石破氏は6月2日の時点で書いているから、内閣府側の説明責任問題と書いているが、ここでは審査のプロセスで内閣府部内で閣議決定は扱われた経緯を説明している。

[vi] 今治市のホームページによれば6月4日となっているが、内閣府側の議事録では6月5日である。

[vii] 今治市ホームページ 国家戦略特別区域これまでの流れhttp://www.city.imabari.ehime.jp/kikaku/kokkasenryaku_tokku/

 

[viii] 今治市自身も「しまなみ海道今治新都市を中核とした国際観光・スポーツ拠点の形成」事業を追加提案している。

[ix]石破内閣府特命担当大臣記者会見要旨 平成27年12月15日http://www.cao.go.jp/minister/1510_s_ishiba/kaiken/2015/1215kaiken.html

 

[x] 国公立大学の獣医学系学部の再編・統合が平成10年代に検討されていたが、結局合意を見ることがなかったが、2012年度より、北海道大学帯広畜産大学(共同獣医学課程)、岩手大学東京農工大学(共同獣医学科)、山口大学鹿児島大学(共同獣医学部)の3組において、2013年度からは岐阜大学鳥取大学において、共同教育課程の取り組み(共同獣医学科)が開始されている。

[xi] 日本獣医師会雑誌  第68巻 第9号 2015 546~547

http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06809/a2.pdf

 

[xii] 日本獣医師会雑誌  第68巻 第11号 2015 670 http://nichiju.lin.gr.jp/test/html/mag/06811/a2.pdf

 

[xiii] 今治市しまなみ海道今治新都市を中核とした国際観光・スポーツ拠点の形成」・国家戦略特別区追加指定提案2015年12月8日http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h27/150605imabari_shiryou01.pdf

 

[xiv] http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H26/H26SE178.html

 

[xv] 広島県今治市国家戦略特別区域会議(第1回)2016年3月30日における石破大臣発言 議事要旨10頁 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/hiroshimaken_imabarishi/dai1/gijiyoushi.pdf

 

[xvi] 広島県今治市 国家戦略特別区域 区域計画 2016年4月13日 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/kuikikeikaku_hiroshimaimabari_h280413.pdf

 

[xvii] 各指定特区毎の諮問会議の経過報告を行った国家戦略特別区域諮問会議(第21回)(2016年4月13日)においても今治市関連報告部分には獣医学部新設に関しては触れられていない。

[xviii] 国家戦略特別区域法は、当該特区で行うと認められた「特定事業を実施すると見込まれる者」を特別区域会議に正式な構成員として加えることを認めている(法7条2項)しかし、それは「公募その他の政令で定める方法に選定」(同項)された者であるから公募で選ばれる必要がある。加計学園岡山理科大学今治市の特区に獣医学部新設事業者として公募(公募期間は2017年1月4日から11日)に応じたのは2017年1月10日であり(毎日新聞2017年1月11日地方版)、1月12日の第2回今治市分科会で特区会議の構成員に加えることが決定し、1月20日広島県今治市特別区域会議に報告されている。

[xix] 国家戦略特区ワーキンググループ・ヒアリング(議事概要)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/h27/150605_gijiyoushi_01.pdf

 

[xx] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai23/shiryou3.pdf

 

[xxi] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/hiroshimaken_imabarishi/imabari.html

 

[xxii] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/160930goudoukuikikaigi.html

 

[xxiii] 区域計画の改定の正式認定は2016年10月4日の第24回国家戦略特別区域諮問会議による。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/pdf/kuikikeikaku_hiroshimaimabari_h281004.pdf

 

[xxiv] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai24/gijiyoushi.pdf

 

[xxv] 同上

[xxvi] 第24回諮問会議において、安倍総理は会議の閉会のあいさつとして「法改正を要しないものについては直ちに、法改正を要するものは次期国会への法案提出を視野に、それぞれ実現に向けた議論を加速してまいります。」と述べてがだけである。

[xxvii] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai25/gijiyoushi.pdf

[xxviii] 吉川泰弘・加計学園新学部設置準備室長のコメントhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/hiroshimaken_imabarishi/imabari/dai2_gijiyoushi.pdf

 

[xxix] 週刊文春2017年4月27日付、30頁