ちゃんとわかりたい人のための前川問題 -加計問題にみる政官関係― part 2

2.文書が本物と立証されたところで問題は何一つ解決しない

 マスコミと野党の焦点は、この文書が本物の文科省職員が作成したメモであるかどうかに集中しているが、それでは大した意味がない[i]

 役所の中では日々、膨大な情報がメモ書きされ共有されている。その中には根拠のないうわさも含まれる。流言飛語や怪文書の類であっても、それにより現実の政策形成に影響されるのであれば、否定を含めてそれなりの対応が必要になるからである。「官邸の最高レベルのご意向」という情報があったとしても、文科省としては①無視する(聞かなかったことにして淡々と省庁側の判断で推し進める)、②「官邸の最高レベル」に直接コンタクトできるレベルが本当にそうした「ご意向」であるかを確認する(確認されてあえて認める可能性は低いことを確認することは反対の意思を伝えることに等しい)、③「ご意向」に従い忖度して進めるという選択肢のどれを選択するかを判断する必要がある。官僚の決定は、政治家によって民主的正統性を初めて付与される以上、官邸のご意向を予想して対応を決めるのは当たり前のことに過ぎず、「ご意向」を受け止めたとしてもそれが直接問題となるわけではない。

 加えて、内閣府担当審議官から「官邸の最高レベルのご意向」という発言が文科省の内部文書に記載されていたとしても、それで何かが立証されることにはならない。内閣府担当審議官にしてみれば、自分はそうしたことは言っていないし、文科省側の記録にそうした記載があったとしてもメモの作成者の誤解だと言い逃れることが可能である。実際に本人は「内閣府として『官邸の最高レベルが言っている』とか『総理のご意向だと聞いている』というふうなことを申し上げたことは一切ない」「総理からの指示等も一切ない」と国会で否定している[ii]文科省側が音声記録まで残していて、審議官が実際にそうした発言をしていたことが明白になったとしても、審議官自身がそう思っていたことが立証されるだけであって、官邸が圧力をかけていることの証拠にはならない。

 そもそも国家戦略特区の話である。各省庁に任せていては既得権や過去の経緯によって新しい挑戦ができないから、官邸主導の特区の枠組みで岩盤規制を突破しようというのである。各省庁から見て政治的圧力すら感じられないのであれば意味がない。文書が実物とわかっても官邸側に失うものなど本来何一つない。

 結局、文書の真実性を問うのは稚拙だ。安倍総理のいう印象操作以上の価値をもたない。もちろん、印象操作は内閣支持率に影響するから、政治的攻勢の一つとして意味があるが。

 なお、今日(9日)になって、松野文科相は閣議後記者会見で、存在の有無を再調査すると発表した。想定通りというほかない。しかし、今回の対応は官僚に対し極めて大きな影響を与える。後述するように官邸の前川前次官に対する激しい人格攻撃は、官僚の萎縮を招くであろうし、情報の省内共有手続きがこうして広く知られることになったことで、こうした部内文書の管理は一層徹底され政策決定過程の透明性は著しく後退することになると考えられるからである。影響は好ましい方向であるはずがない。

 

[i] もちろん僕は、そうした報道は野党としても不本意だろう。しかし、国会の中での議論を逐一フォローしている国民はいない。野党の攻め方とマスコミの報道姿勢のどちらに問題があるかは現時点でよくわからない。断片的な情報で批判することはお許しいただきたい。

[ii] 朝日新聞2017年5月18日http://www.asahi.com/articles/ASK5L3HG7K5LUTIL00X.html