トランプにとってのアメリカ第一主義

 「America First! America First!」と就任演説で叫んだ映像があまりにも印象的だが、トランプ大統領の政策を規定するワードは「アメリカ第一主義」であることには異論はなかろう。しかし、その中身は少々誤解があるように思っている。

 選挙キャンペーンで、「アメリカ第一主義」として主張されていた内容は、雇用、特に製造業における雇用をアメリカ国内に取り戻すということだ。メキシコ、中国、日本、ドイツをやり玉にあげ、保護主義的な手段を用いても雇用を取り戻すという主張は、Rust Beltと呼ばれる五大湖沿岸の自動車や鉄鋼を中心とする衰退した製造業を多く抱える州で支持を拡大し大統領選挙における勝利の最大の要因となった。これら諸州では労働組合の政治的影響力が大きく、民主党の強いいわゆるBlue Stateと呼ばれているところであったから、これらの州における逆転勝利がヒラリー・クリントン候補優位を崩す決定的要素となった。外交政策においても、世界平和のために貢献することはアメリカにとって重荷になっており、自分自身の国益をもっと追及すべきだと主張しており、孤立主義的な政策を志向していた。そのためドイツや日本が米軍の抑止力にただ乗りしており、対等の責任を果たしていないと繰り返し主張しており、アジアにおけるアメリカのプレゼンスも見直すのではないかと懸念されていた。

 

アメリカ政治における外交とナショナリズム

 しかし、アメリカ政治において「America First」との主張の意味するところは、日本において「日本自身の国益追及」という主張の意味するところとは本質的に異なる。トランプがいくら移民排斥を主張しようとも、アメリカという国家が移民によって成り立っているという基本は動かない。世界中からの移民によって成り立つ国であるということは、それぞれの移民の出身国の政治問題がダイレクトに国内政治の課題になるということなのだ。

 典型的な例は中東和平だ。アメリカはイスラエルを巡る中東和平に関わるのは、世界のリーダーとして中東和平が重要課題であるとか、中東情勢が石油利権の確保にとって重要であるといった解説をよく目にするが、本質的にはそれが国内政治そのものの問題であるから関わらざるを得ないというのが現実だ。金融関係にユダヤ系が多いことはよく知られているが、国際政治の専門家にもユダヤ系はたくさんいる。選挙となればユダヤ系資本はイスラエル寄りの外交政策を主張する候補者に資金援助するし、ユダヤ系市民の多い地域においてユダヤ票は決定的に重要となる。

 ボストンは、アメリカにおけるユダヤ人の国家建設を求めるシオニズム運動において歴史的にNYに次ぐ重要拠点であった。ボストン最大のユダヤ人街はチャールズ川の南、レッドソックスの根拠地であるフェンウエイ球場から西に車で10分くらい走ったBrookline市のCoolidge Corner周辺が一番の「ユダヤ人街」である。僕はこのあたりに1年住んでいたことがある。黒い大きなつばの帽子に黒いコート、長いあごひげを生やした典型的なユダヤ教の服装の紳士を多数見かけるし、ユダヤ教の戒律に従ったKosher料理のレストランや食材店も集中しているちょっと変わったエリアだ。Harvard Streetを北上すればHarvard Squareまで10分もかからずに行ける便利な場所だし、BostonのDowntownまで地下鉄Green Lineですぐという場所である。ボストン大学のサイトにこの地域の観光案内がある。

https://www.bu.edu/today/2008/getting-to-know-your-neighborhood-coolidge-corner/

ここで紹介されている、典型的なユダヤ料理を出す軽食屋のRami’sとかZaftigs Deliなんかは週1以上のペースで通っていた。

 しかし、この地区の観光名所はJFK National Historic Siteだ。83 Beals Street, Brookline, MAは、ちょうど100年前、1917年にケネディ大統領が生まれた場所なのだ。

https://www.nps.gov/jofi/index.htm

大統領となるJohn Fitzgerald Keneddyの父親であるJoe Kennedy Sr.は、アイルランド系移民の3代目としてボストンに生まれ、Boston Latin SchoolからHarvardに進学する。卒業後、州の銀行検査官となったが、州選出の下院議員であった父親が大株主であったコロンビア信託銀行が乗っ取り危機に陥っていることをいち早く知り、他の株主の株を怪異集めてこの危機を乗り切ったことで1914年25歳にして頭取に就任する。ここまではwikipedia[i]にも載っているが、買収資金はアイルランド系マフィアがカナダからNew Hampshire州経由で密造酒の輸入で儲けた資金だと言われていることは載っていない。全米最年少の銀行頭取となったJoeは、その年の10月にボストン市長John F. Fitzgeraldの娘Roseと結婚し、ここ83 Beals St.に新居を構える。ユダヤ人街の中に住んだのは、同年の6月にヨーロッパで始まった大戦で軍事物資の輸出が増えることを見越し、海運業を支配するユダヤ資本との関係を強固なものとするためと言われている。このため、当時珍しかった電話をいち早く自宅に設置し、NYの船会社との連絡を密に取っていた。この家で、翌15年に長男のJoseph、17年にJohn Jr.が誕生する。その後、教育熱心だった母Roseは息子たちの教育のために小学校(Edward Devotion School)の近くのさらに大きな家に転居したため、83 Bealsに住んでいた期間は短く、むしろ転居先の方が住んでいた期間は長いのであるが、そこは現在でも他の人物が居住しているため公開されていない。JFKの大統領当選時に近隣の市民が生家の前で当選祝いを行い、この場所が広く知られることになったため、現在はNational Historic Siteとして当時の内装まで復元して夏期には一般公開されている。ケネディ家の歴史には、アイルランド系、イタリア系、ユダヤ系といった伝統的エリートであるWASP(White, Anglo-Saxon, Protestant)ではない勢力との密接な関係が見え隠れする。2度の世界大戦を通じ世界帝国へと変質していく中で、マイノリティでしかなかったアイルランドカトリックケネディが大統領まで上り詰めていく過程には様々な要素があるのだ。

 トランプ政権の内部においても、ユダヤ系が大きな影響力を持っている。トランプ本人に最も影響力を持つと言われるのは娘のIvankaであるが、その夫であるJared Kushnerは敬虔なユダヤ教徒であり、政治的に親イスラエル路線であるとされる。IvankaはKushnerと結婚するにあたり事前にユダヤ教に改宗しており、中東における諸問題への関心はトランプ家にとって他人事ではない。

 4月7日、トランプ大統領は、自国民に対し化学兵器を使ったアサド政権に対する制裁としての空爆した。このことは選挙戦を通じて主張してきた不介入主義を転換するものとして驚きをもって受け取られた。しかし、アメリカにおけるナショナリズムの特徴を知れば、このことは「驚くべき路線転換」とは言えないことがわかる。

 アメリカにおけるナショナリズムとはどのようなものかについては、アメリカ政治学で様々な議論が行われてきており、ここでは詳述できるようなものではない。乱暴に要約すれば、アメリカをアメリカ足らしめているのは世界一であるというアイデンティティ―であるということだ。そもそもアメリカの独立戦争は、最初から独立を求めた戦いではなかった。むしろ戦っているうちに、自らの正当性を民主主義と自由主義に求めるようになっていき、合衆国憲法にたどり着く。独立戦争をアメリカではIndepencence Warとは言わず、Revolutionary warというが、まさに彼らにとって革命であって独立を求めた戦いではなかったということだ。アメリカのアイデンティティーは、その後のアイルランド系、ドイツ系、東欧系と移民の数もバラエティも拡大するとともに、民族性や宗教ではなく憲法に象徴される理念に求められるようになっていく。第二次世界大戦で、ナチスドイツという人種差別と全体主義という悪魔に対する戦いと位置付けられ、更に亡命ユダヤ人が大量に移民として流入し、更に戦後世界の付加価値生産の半分以上という世界最大の国家へと成長するに至り、理念に基づく人工国家としての性格が完成する。俗っぽく言えば、世界で一番でいることがアメリカなのであって、オリンピックでよく見るようにStars and Stripsの旗を振ってUSA!と叫び金メダルを勝ち取ることによってしか、アメリカが何なのかは確認されない。

 外交経験のないトランプという人物の頭の中はもちろん、政策スタッフも固まっていない新政権において、「アメリカ第一主義」とは何なのかが明確な定義をされているはずはない。無実の市民が虐殺されているのに、世界一の大国アメリカ、世界の正義であるアメリカが何もしないで済まされるのかという疑問は、アメリカの内側から湧いてくるのだ。「世界の警察官をやめる」といったオバマの路線をすべて否定したいトランプにとって、シリア攻撃はためらう必要などなかったはずなのだ。

 注目すべきなのは、White Houseでのシリア空爆の決断において、「アメリカ第一主義」を唱えてきたSteve Bannonは空爆に反対していたことだ。Fake Newsを連発するBritebartの社主であり、外交どころか政治経験も乏しいことが懸念されていたBannonだが、シリア空爆に反対しており、それが彼が国家安全保障会議の常任メンバーから外された理由だという。バノンの反対理由は、合衆国憲法との整合性や国際法的根拠の弱さではなく、「トランプ政権のアメリカ第一主義ドクトリンに即していない」かららしい[ii]。これに対し、トランプの娘Ivankaの夫であり今や大統領最側近であるJared Kushnerはアサド政権に制裁を加えるべしと主張し、大統領はこれを採用した[iii]

 ここから見て取れるのは、Kushnerらにとって「アメリカ第一主義」は国際紛争への不介入や孤立主義を意味するものではないということだ。アメリカの考えるあり得べき国際秩序に対する挑戦には断固たる処置をとるということであり、George W. Bush政権時代のNeo-Conservativeの立場に類似している。共和党主流派の好むところでもある。Kushnerの安全保障政策における影響力は、今後はBannonとの関係ではなく、安全保障問題担当大統領補佐官のH. R. McMasterとの関係で決まっていくものであり、McMasterの影響力が圧倒的なものになりつつある中で、どこまで影響力を持ち続けるか予想は難しいが、政権全体としては中東問題について積極的な行動をとっていく可能性は高いと思う。

 トランプの主張する「America First」とはAmerica über allesと解すべきだと考えている。Deutchland über alles in der Weltといえばもともとのドイツ国歌の1番の歌詞であり「この世界のすべての存在を上回りし国」ということだ。この表現がナチスドイツの覇権主義を象徴するものと批判され、現在では国歌としてうたわれることはまれであるが、この歌詞は十分すぎるほど有名である。1841年にホフマン・フォン・ファラースレーベンが歌詞を書いた時には、神聖ローマ帝国プロイセン等ドイツ語を話す地域がいくつもの国家に分裂しており、夢物語とされていたドイツ民族の統一を願いを込めただけのことであった[iv]。しかも、アメリカ独立、フランス革命と近代国民国家建設が進む中で、遅れた中部ヨーロッパの再編と国民国家建設を願うのは今から見れば普通のことであって、彼が特別に覇権主義であったとはいえない。他方、移民による多民族国家を目指すアメリカにおいて、ナショナリズムとは、帝国主義覇権主義とは常に一線を画すものでなければならず、自由主義と民主主義というイデオロギーと一体としてアイデンティティーを規定するものでなければならない。この文脈では「アメリカ第一主義」は、自国の国益のみを利己的に追及するということにとどまらず、世界最高の正義の体現者としての行動を求められるものになるのである。

 

トランプの「アメリカ第一主義」は進化するか?

 トランプ政権の「アメリカ第一主義」というドクトリンが、どのようなものとなっていくのかは現時点では判断できない。しかし、僕は気候変動枠組み条約のパリ協定への対応がその試金石となると考えている。9日付の報道によれば、月末にイタリアで行われるG7サミット前にパリ協定からの離脱を発表すると見られていたが、判断をサミット後に先送りするとホワイトハウスは発表した[v]

 この過程でもシリア空爆と同じ構造が見て取れる。BannonとPruitt環境保護庁長官が政権公約通り即時の離脱を表明すべきと主張しているのに対し、IvankaとKushnerの二人に加えTillerson国務長官が反対しているというのだ。環境保護庁長官のScott Pruittは、オクラホマ州の司法長官であった人物であるが、エネルギー業界、特に石炭業界との関係が強く、司法長官としても連邦政府温室効果ガス排出抑制のための規制などに関し環境保護庁(EPA)を13回も訴えている[vi]。一部報道では、気候変動の科学的根拠すら否定していると伝えられていたが、長官就任承認のための議会公聴会においてはそれを否定している。こうした経歴から、EPAを破壊するためにトランプが送り込んだ長官というイメージが広がっていた。気候変動問題への対応については、国務省の専門部局がEPAを含め各省庁の意見をとりまとめる権能を持っているが、国務長官のTillerson自身も石油会社の会長であり、この問題に対しては著しく後ろ向きと予想されていたから、今回の情報は意外である。

 国務省の担当次官補のDaniel Reifsnyderは90年代以来この問題を担当するベテランであり、交渉会議の顔であるが、現時点で引き続き国務省のHomepageに次官補として掲載されているから、このまま留任する可能性もある。Bannonらがパリ協定を破棄すべきと主張しているのに対し、閣僚級アドバイザーが本協定の国際的意味を強調し、最低でも条約枠内にとどまり条約の修正を協議すべきだと主張しているというのは、極めて注目すべき点である。客観的にはロシアも中国も参加している枠組みから、世界最大の温室効果ガス排出国のアメリカが離脱することはその国際的威信を大きく傷つけることになることは明らかであるが、選挙キャンペーンの勢いそのままに、TPP離脱と並びパリ協定離脱も表明する可能性が高いと思われていたことを考えれば、相当な路線転換となる。

 ただし、アメリカは京都議定書からも離脱している。その際、Reifsnyderは僕に「離脱することは却ってアメリカの立場を解き放つ(off the hook)ことになる可能性もある」としたたかに語っていた。アメリカの外交を担うスタッフはやわでなない。IvankaにKushnerそれにTillerson長官までパリ協定の価値を認めているというのは心強い。

 

 「アメリカ第一主義」と主張することは、孤立主義になるとは限らない。世界一の国家としての責任を自覚することになる可能性もある。それを期待しよう。

 

[i]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BBP%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3

 

[ii]Gabriel Sherman, “Trump’s Syria Strike Is Latest Sign of Steve Bannon’s Waning Influence.” http://nymag.com/daily/intelligencer/2017/04/trumps-syria-strike-is-sign-of-bannons-waning-influence.html

 

[iii] Robert Costa and Abby Phillip, “Stephen Bannon removed from National Security Council, Washington Post, April 5, 2017

https://www.washingtonpost.com/news/post-politics/wp/2017/04/05/steven-bannon-no-longer-a-member-of-national-security-council/?utm_term=.e8014904422a

 

[iv] ドイツ大使館ドイツ連邦共和国国歌http://www.japan.diplo.de/Vertretung/japan/ja/01-Willkommen-in-Deutschland/03-bundeslaender/Hymne.html

 

[v] CNN Trump administration delays Paris climate agreement decision, May 9

http://edition.cnn.com/2017/05/09/politics/trump-paris-climate-agreement-decision/

 

[vi] Mosbergen, Dominique (January 17, 2017). "Scott Pruitt Has Sued The Environmental Protection Agency 13 Times. Now He Wants To Lead It.". The Huffington Post. Retrieved February 7, http://www.huffingtonpost.com/entry/scott-pruitt-environmental-protection-agency_us_5878ad15e4b0b3c7a7b0c29c

ちなみにすべての訴訟に敗訴している。