政治に翻弄される日本の牛肉食文化

 日本テレビAnother Sky。今週(2017年4月28日)のゲストは秋元梢。世間的には「千代の富士の娘」のイメージだけだけど、本当はパリコレで活躍するめちゃめちゃ本格的なモデルだという話。だから今週のAnother Skyはパリ。

肉好きゲストのために中条あやみが予約したレストランがObligado(http://obrigado.paris/)。

 前菜が10ユーロくらい、メインが15~20ユーロ、飲み物とデザートで一人1万5千円。住所はパリのど真ん中。フレンチのgrand maisonではないけど、十分に高級なところで肉喰いまくってだからリーズナブル。いいなあ。

  パリのレストランの価格帯は、東京に比べればはるかに安い。大統領選挙の第一回投票で決選投票に残れたMacronが、「高級店で有名人集めて大はしゃぎ。まるで選挙に勝ったみたい。」(http://www.sankei.com/world/news/170425/wor1704250033-n1.html

と批判されたのはLa Rotondo(http://www.rotondemuette.paris/)。モンパルナスの老舗ビストロ。有名人多数ご来席だったのかもしれないけど、六本木のフレンチで豪遊するのとはわけが違う。実際Bistroを名乗ってるわけだし、社会党を離れて39歳で挑む初めての選挙で第一回投票に生き残ったのだから、それなりにうれしいだろう。それを批判するのはちょっとかわいそうだと思う。

  美食の国フランスのこと、手の込んだものが食べられているというイメージがあるが、Steak frites、ステーキにフレンチフライ添えたものをよく食べる。フランス哲学に詳しい向きは、ロラン・バルトのMythologiesで取り上げられたのをご存知かもしれない。個人的には、昔ランチでよく行ったrue de Passy近くのお店で食べる生焼けのステーキが懐かしい。塩味もなくて、たいしてうまくもないが、安心する。

 中条あやみは肉を食べるためにわざわざブラジル料理のお店を予約したけど、フランス人の牛肉消費量は日本人が想像する以上に多い。国際比較は2007年と少し古いデータしか見つからなかったが[i]、それによると日本人の一人当たり年間食肉の消費量は46.5キロで世界で80位にすぎない。肉食大国アメリカが125.4キロだから1/3にすぎない。しかも、牛肉に限って言えば日本人は8.7キロ。アメリカが42.1キロ、世界一の牛肉大国のアルゼンチンが55.1キロ、ブラジルが37.2キロというのと比べると極めて少ない。驚くことに、日本は世界全体平均の9.5キロより少ないのである。他方、フランスは食肉全体で88.7キロの19位。ヨーロッパの平均くらいで、肉食大国のイメージのあるドイツが87.7キロより多いが、牛肉だけ見るとドイツが13.2キロであるのに対しフランスは26.9キロと倍もある。こうみるとフランスは先進国として平均的な牛肉消費量であるのに対し、日本は極端に少ないとみるべきなのだろう。

 

 日本で牛肉が広く食べられるようになったのは明治以降のことであり、魚より肉の消費量が上回るのは戦後の高度成長期以降にすぎない。なぜ日本人が肉を食べなかったかについては、一般に仏教が獣肉食を禁止していたからと説明されるが、歴史的には獣肉が食べられていなかった時期は存在せず、狩猟によって捕獲したシカやイノシシは一般庶民の食物として流通していた。それなのに、なぜ食用の家畜を育てる習慣が定着しなかったのかについては諸説あり、簡単ではない。

 日本の牛肉食は伝統が短く、まだまだ発展途上とは言える。しかし、食習慣の世界にも政治が色濃く影を落とす。今は焼肉帝国の韓国でも牛肉をたくさん食べるようになったのは朝鮮戦争後であり、米軍の影響が大きい。沖縄だって、米軍統治下ですっかりアメリカ流の食生活が定着した。食べ物の習慣なんて30年もすれば一変してしまう。日本の牛肉食だって同じだ。高度成長期だった1960年代以降以降、食の欧米化が進み米や魚介類の消費が減少し日本人一人当たりの食肉消費量は10倍になった[ii]。牛肉に着目すると1991年の日米経済摩擦の結果、輸入が自由化されたことから90年代に消費は急増するが2001年に日本、2003年にアメリカで発生した狂牛病問題を機に減少に転ずる。吉野家の牛丼が食べられなくなった時だ。札幌でも吉牛と同じ薄切り牛肉のフォーを売りものにするベトナム料理屋があっという間に消えていった。

 90年代、米国産輸入牛肉に対抗するために、国産牛の生産者は「和牛」ブランドの確立にまい進する。ここで急速に浸透したのは霜降神話だ。国産牛のきれいにサシの入った肉こそが一番おいしいとする考え方である。輸入自由化に対抗するための差別化戦略とすれば、赤身の肉とサシの入った和牛では食べ方が異なると共存するものとなるはずであるが、10年たたずに狂牛病により米国からの輸入が減少したために和牛優位になってしまった。スーパーにはオーストラリアやニュージーランドの牛肉もステーキ用として販売されているけれど、圧倒的な割合はしゃぶしゃぶ用や焼き肉用として売られている薄切りの肉だ。レストランでは霜降りを意味するA5ランクの和肉を宣伝文句にするところも少なくない。

 しかし僕は、霜降り薄切りでなく分厚い赤身が食いたい。肪が外側にしかない赤身を一気に高温で焼き上げて中心部がまだ赤いのに外側は焦げているというのは文句なくうまい。そのためには肉にはある程度以上の厚みが必要だし、霜降りだと自分の脂で揚げ物になっちゃうから普通の肉でよい。こういう意見は最近市民権を得てきているようで、いくつかの料理店がA5ランク以外のランクの肉を使うと宣言しているし、立ち食いステーキ屋が話題になっている。牛肉が食材として普通のものになってきているのはうれしい。

 20年位前ボストンに住んでた時は、月に数回近くのステーキレストランに通ってた。Soup or salad?って聞かれるから、スープでない時はサラダのドレッシングはチーズにして、小さな1斤まるごと出てくるパンにつけて、もちろんパンは半分も食べられなくてお持ち帰り。だって安いんだもん。15オンスの肉に突き合せてのポテトとスープかサラダがついて2千円弱。今メニューを調べるとちょっと値上げしてるので残念だが、日本国内で食べるのとは比較にならない。

Franks Steak House

 フランス、アメリカと比較サンプル数は少ないけれど、日本における牛肉の値段はどう考えても高すぎるという結論は動かない。さらに貿易自由化とその後の狂牛病事件によって、霜降り肉極上主義が日本の牛肉食文化の中心となった。更なる自由化を進めるはずだったTPPはトランプ大統領によってストップしたが、日米貿易交渉で牛肉の輸入自由化が議論されることになるのは必至だ。貿易交渉の結果は食文化も変えてしまう。霜降りも赤身のステーキもともに楽しめる結果になってほしい。

 

[i] The Economicst “Kings of the Carnivores,” Apr.30,2012, データはFAO (http://www.economist.com/blogs/graphicdetail/2012/04/daily-chart-17)

 

[ii] 農畜産業振興機構「食肉の消費動向について」2015年9月15日(https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_000814.html